ちゃぶ台をひっくり返す情景
里美は胡瓜の酢漬けを箸で弄りながら、信夫の顔を見ずに言った。
「清美の運動会の時もそうだったじゃない。パン食い競争のパンが豆パンだから食べれなかったとか、痛くもない腰をかばったとか、いい加減、素直になってよ」
居間には里美の胡瓜を齧る音だけが響き、迷いなく進む軽快な里美の箸使いが続き、信夫の食事は一向に進まず、ぬるくなったビールを無理やり喉に流し込む事しか出来なかった。
「はぁ喧嘩にもならないわ」
溜息に混じった、小さな掠れ声だったが、信夫にははっきりと聞き取れた。両指の第2関節はちゃぶ台の端にしっかりと掛かり、生涯出したことも無い怒声を上げ、両腕を一気に天井にまで振り上げた。
ちゃぶ台は綺麗な放物線を描き、空中で2、 3回ほど回った後、4本の足を仰向けにして、毛羽立った畳みの上に鈍い音を立てて、ドズンっと落ちた。
夏も終わりに近づいた、9月の下旬。蝉の声が窓越しからでも聞き取れ、吐捨物のように広がった味噌汁の油揚げに蝿が集りついていた。